#48. 🇪🇸ガウディの作品群
11/1
この「グエル公園」は建築家ガウディが手がけた作品のうちの一つで、世界遺産に登録されている。
朝8時までに入園すればなんと無料で入ることができるのだ。
公園の入口にはガウディがデザインした建築物が並んでいる。
この大きなトカゲの噴水も有名である。
早朝なので肌寒かったが、徐々に日差しが差し込んで来て気持ちが良い。
100年以上前に作られたはずなのにモダンアートのような奇抜なデザインには、ガウディの偉大さを思い知らされる。
この柱は「洗濯する女の道」と呼ばれていて、柱のうちの一つが洗濯物を頭にのせた女性の形をしている。
この回廊は神秘的な石造りで、ここだけローマ時代にタイムスリップしたような雰囲気だ。
来るのに40分ほどかけたグエル公園だが、滞在時間は15分程だった。
清々しい朝に素晴らしいものを見れたので気持ちが良い。
公園を出て、西へと歩いていく。
街のパン屋はすでにオープンしている。
「カサ・ビセンス」と呼ばれるこの博物館もガウディの作品である。
さくっと外観だけ見て、南へと下っていった。
到着したのは、「グラシア通り」だ。
ここはブランドショップやホテルが立ち並ぶ大きな通りである。
グラシア通りを歩いていると左側に出て来たのは、ガウディ作の「カサ・ミラ」だ。
そのユニークな外観から、人気のある定番の観光スポットだ。
さらに進むと、右手に「カサ・バトリョ」が現れる。
ちょうど木が重なってよくわからないが、ここも人気の観光地である。
少し離れた「サグラダファミリア」にやってきた。
建物の前にあるこの公園から写真を撮るのが定番のようだ。
日差しが強いので、中のステンドグラスはとても綺麗だろう。
ホステルへ帰る途中、昨日行ったESPANSのカフェに行き、コーヒーと生ハムのサンドイッチでブランチを済ませた。
少しホステルでゆっくりした後、バルセロナの中心地である「ラ・ランブラ通り」に向かった。
本日は木曜だが祝日のため、有名な「ブケリア市場」は閉まっていた。
ずっと進んでいき、「ラ・バルセロネータ」という地域を抜けて海へと向かった。
なぜかスペインと言えばビーチというイメージがあったので、どうしてもビーチに来たかった。
ビーチでは服のまま寝転がったり、友達や恋人と座っている人が沢山いる。
皆、人の目を気にせずに思い思いの時間を過ごしていた。
柔らかい砂の上に腰を下ろして、30分ほど波を見ながらぼーっとしていた。
夏は大変混み合うと言われているが、夏場にここに来て泳ぐのはきっと最高だと思う。
#47. 🇪🇸バルセロナ
10/29
ホステルをチェックアウトして、ニースの街を歩く。
マクドナルドでビール付きのセット5€を昼食にした。
バスは20:40発の夜行便なので、出発時間までホステルで滞在させてもらった。
ホステルで出会った旅人のマサさんと偶然にも同じバスに乗るので一緒にバス停へと向かう。
バス停はコートダジュール空港のターミナル2にあって、ドシャ降りの中、なんとかバスに乗ることができた。
------------------------------------------------------------
10/30
目が覚めると、バスは既にスペインに入っていた。
ホステルへ行く途中、サグラダファミリアが見えたので写真を撮っておいた。
早朝だがホステルの受付には人がいて、荷物を先に置かせてもらい、外を歩くことにした。
必要なものとカメラだけを持って、朝のバルセロナの街を歩いていく。
バルセロナの道は格子状にきっちりと整備されていてわかりやすい。
開いているカフェがあったので、早速中に入って生ハムのサンドイッチとコーヒーのセットを頼む。
本場スペインで初めての生ハムに期待していたが、出てきたのは小ぶりのフランスパンサンドだった。
スペイン語が飛び交うカフェで朝食を済ませた。
ホステルから約45分歩いて、エスパーニャ広場へと到着した。
夜行バスでは思いのほか体を休ませることができたようで、この距離を歩いても体は元気だ。
エスパーニャ広場はただの大きな道路といった感じで、闘牛場の形をしたショッピングモールがある。
広場の中心にはあるのはこのモニュメント。
この二つの塔が博物館へと続く入口だ。
この広場は特に観光地でもなく、ランドマークといった感じである。
博物館の方へと歩いていく。
ここが「バルセロナ・パビリオン」と呼ばれる博物館だ。
前にある「マジカ噴水」は夜にはライトアップがあるらしく、人気がある。
博物館を上っていくと、バルセロナの街が見渡せた。
博物館から、さらに30分歩いて「ムンジュイック城」へと向かう。
この30分はひたすら上へ上へと登っていく大変な道のりだ。
ようやく城へと着いた。
中に入るには8€ほど必要な為、外からの景色のみで十分だ。
城からは、日本からは見ることが出来ない地中海がしっかりと見える。
城の前には橋があり、ガーデニングが綺麗に整備されている。
城から更に50分かけて「シウタデリャ公園」へと向かう。
今度は逆にどんどん下っていくので、体力的にはまだましだ。
幹が太った珍しい木がはえていた。
幹の中がどのようになっているかが気になる。
ここは税務署らしい。
ここも大きな広場だが、エスパーニャ広場と変わりなく、真ん中にモニュメントがある大きな道路だ。
ずっと地中海沿いを歩いていくと、シウタデリャ公園の入口に着いた。
昼過ぎの公園はママさんや子供たちでいっぱいだ。
立派な記念碑があって、なかなか良い公園だ。
ホステルへと戻ろうと地図を開いたが、公園からホステルは20分弱あるようだ。
今日はどれほどの距離を歩いただろうか。
公園を抜けると、大きくて立派な「バルセロナ凱旋門」が現れた。
本場のサングリアと生ハムを食べようとリーズナブルなバルを事前に調べておいたので、マサさんを誘って今晩行くことにした。
この「Perikete」という店はザ・スペインバルといった雰囲気で、席は長椅子テーブルのみ、天井には無数の生ハムが吊るされていた。
熱によって生ハムから出た油が下に落ちないよう、先端には油受けがつけられている。
注文を紙に書いて店員に渡すのが、この店のやり方だ。
自分はサングリア、マサさんはセルベッサ(スペイン語でビール)を注文した。
それぞれ2.8€と安い。
おつまみにスペインの生ハム「ハモンセラーノ」を二人でシェアすることにした。
二軒目は「Elisabets」と言うタパスバーで、タパス(小皿料理)をいくつか注文し、お酒を飲むといったバーだ。
バルセロナにはこのようなタパスバーがたくさんある。
ここではビール、スペイン風オムレツ、イカの炒め物を注文した。
スペインの初日はちょっとした贅沢な夜となった。
------------------------------
10/31
本日は終日雨のようだ。
雨がましになった時に、「ESPANS」というカフェに入った。
ここはかなり安くてオススメだ。
ここ数日の出費を考えると、本日と明日は自炊をしなければいけないので、カフェの横にある「Mercadona」というスーパーへと向かった。
スーパーで生ハムの原木が普通にあるには驚きだが、その値段が安いのか高いのかはわからない。
海外で買った肉類は基本的には日本に持って帰れないので、残念だがこの国で食べるしかないようだ。
買った食材をホステルに持ち帰って、早速料理開始だ。
スペインは野菜、肉、魚どれも安い。
真っ赤なトマト、大きな茄子、大きなズッキーニがそれぞれ50円。
パスタ6人前分130円、缶詰の貝150円、卵12個で160円。
さらに、ビール1Lが約100円と破格である。
それらの食材を使って、スペイン風オムレツ、シーフードペペロンチーノ、トマトサラダを作った。
今日は雨だが18:30にサグラダファミリアを予約してしまった。
ガウディの最高傑作であるサグラダファミリアは内装がとても華やかである。
中は自然をイメージして作られ、その柱は木の自然な曲がり具合を表現されている。
柱が上部でいくつも分かれているのは、木の枝を表現しているのと、塔の重さを分散させる構造となっているらしい。
サグラダファミリアはまだ建設途中で、その始まりは1880年代にさかのぼる。
ガウディが1926年に死んだ後もこうしてずっと建設が続けられている素晴らしい建築物だ。
施工開始当初は、完成まで300年(西暦2200年)はかかると言われていたが、テクノロジーの発達により2026年頃には完成すると言われている。
日差しが差し込んだステンドグラスはとても素晴らしいと言われているサグラダファミリアだが、真っ暗な時間に来ることとなり残念だ。
次に訪れる時は完成しているのだろうか。
#46. 🇫🇷ニース&🇲🇨モナコ
10/27
フランス南部のリゾート地「ニース」での滞在中はずっと雨が降るようだ。
本日も朝から雲行きが悪くなり、降ったりやんだりの繰り返しである。
雨が降っていないうちにニースの絶景を見て、本日は終了した。
昼からはドシャ降りでずっとホステルにいることとなる。
------------------------------------------------------------
10/28
ニースからバスに乗ってモナコへと向かう。
片道1.5€のチケットはバスの中で買えた。
この値段でモナコへ行けるのは破格だと思ったが、走行距離は時間にして30分程なので、そう遠くもないようだ。
モナコに到着した。
今日もまた曇り空が広がっている。
ビーチやヤシの木があるようなニースとは違って、モナコは港町といった雰囲気だ。
バス停の近くに丘があり、そこを登ると広場が出てくる。
丘の上から見るモナコの町並みは中々良い。
天気さえ良ければ問題なしだ。
広場から街へと入ると、観光客向けの店が立ち並んでいる。
土産屋や喫茶店が並ぶ路地を進んでいくと、「モナコ大聖堂」が見えてくる。
もちろん中には無料で入ることができる。
モナコはF1が有名なだけあって、F1レーサーの銅像がたっていた。
このとても小さな教会は中には少し入りづらい雰囲気だった。
雨は降っていないが空は曇っている。
モナコの国旗の赤と白をひっくり返せば、ポーランドの国旗になる。
偶然見かけたカジノの裏にはとてもおしゃれなスタバがある。
モナコの中心地に日本庭園があったことには驚いた。
しかし、なぜかここに置かれた立派な日本庭園は異様な光景だ。
F1の銅像は至る所にあるようだ。
これらの船は漁船というよりも、お金持ちのクルーザーと言った感じだ。
モナコの不動産屋でチラシを見ると、どの物件も余裕で億越えであった。
この街は世の中の数%の富豪のみが住むことを許された土地なのであろう。
#45. 🇫🇷リヨン
10/23
パリからバスに乗って、フランスの第二の都市リヨンに到着した。
約7時間のバス移動でかなり空腹だった為、バス停の近くにあったケバブ屋で夕食を済ますことにした。
バス停からホステルまでは歩いて30分。
夜でも街は明るく、危険な感じはしない。
------------------------------------------------------------
10/24
平日の朝だが、街を歩いている人はさほど多くない。
橋を渡ると旧市街へとたどり着く。
今は朝の10時すぎで、旧市街ではまだ店があまり開いていないが雰囲気は良い。
旧市街を歩いていると階段が現れたので登ってみることにした。
階段を登ると、ローマ時代に作られた劇場らしき遺跡が現れた。
ここは現在でもコンサートなどのイベントで使われているらしい。
遺跡の裏には「ノートルダム大聖堂」が立っている。
聖堂の後ろは絶景だ。
この聖堂は気軽に入ることが出来るようだ。
丘を下って、昼食を探すことにした。
ホステルの近くまで戻り、余っているハンガリーの通貨を両替すべく両替所を探す。
ここがリヨンの中心地のショッピングストリートのようだ。
決して大きくない街なので、観光は1日で済ますことが出来る。
困ったことにホステルにキッチンがない為、外食をしなければならない。
しかし、美食の街リヨンでは、ケバブ屋ぐらいしか手軽に手を出せる店がないようだ。
これで3食連続でケバブだ。
ここまでケバブが続くと、体が野菜を欲しているのがわかる。
夕方になると徐々に街中がライトアップされてきて綺麗だ。
今日で大半を見て回ったので、明日はゆっくりすることにした。
#44. 🇫🇷🏛ルーヴル美術館
10/22
入場時間に指定がある為、ルーヴル美術館に11時に入場した。
今回ネットで予約したが入場料は17€だった。
ピラミッドの形をした入口から入ると、地下2階にいることになる。
美術館は地下2階〜2階まであって、かなり広いので、全てを見るのに6日間必要だと言われている。
有名な作品だけをおさえておこうと思い、細かい作品は飛ばして、足早に進んでいく。
フランス絵画のコーナーでは「民衆を導く自由の女神」の絵画がある。
フランスの民衆が自由を求めて蜂起した七月革命の情熱と緊張感を表現している。
さらに進むと大勢の人だかりがあって、一番人気の「モナリザ」が登場する。
モナリザはガラスケースに入っており、2メートルほど離れたところから見ることとなる。
レオナルド=ダ=ヴィンチ(1452~1519)の作品であるモナリザは、遠近法とぼかし技法により、微笑という微妙な筋肉の動きを表現できているらしい。
教科書で見たことある絵に感動しながら美術館を進んでいく。
ベルサイユ宮殿にあったこの「ナポレオンの戴冠式」はこちらが本物のようだ。
彫刻コーナーへと行くと、階段にNIKEのモデルになった「ニケ」の像がある。
戦勝記念として紀元前190年にセレウコス朝に贈られたものだ。
ニケは勝利の女神である。
途中、窓から見えるピラミッドの入口には行列が出来ていた。
11時に予約していたのは正解である。
名前は知らないが、こちらも見たことがある有名な作品だ。
白色の彫刻は沢山あったが、「ミロのヴィーナス」からは段違いのオーラが出ている。
1820年にミロス島で発見された美と愛の神アフロディテの石像である。
発見当初から両腕は欠けているらしく、このことが神秘性をさらに強めている。
紀元前18世紀頃にハンムラビ王が編纂したとされる法律が記されている。
上の2枚目の写真では二人の人間の彫刻が描かれているのが見える。
左側のハンムラビ王が、右側の太陽神シャマシュから法典を授かる様子である。
法典には「目には目を、歯には歯を。」という復讐法などが記載されている。
美術館を出た後、電車に乗って移動した。
やってきたのは「サクレ・クール寺院」と呼ばれるパリの観光名所だ。
ここは丘の上にあって、パリの街を眺めることが出来る。
寺院には無料で入ることが出来る。
中は静かで、ロウソクの火が輝いている。
寺院から丘を下っていくと「ムーランルージュ」に到着する。
19世紀の有名なキャバレーであるムーランルージュは、入場料が2万円近くするようだ。
パリ最終日は芸術と歴史を感じる一日となった。
#43. 🇫🇷パリ
10/22
昼頃にパリ市内にある「オペラ・ガルニエ」へと向かった。
オペラ座の怪人のモデルにもなっているオペラの聖地だ。
中には7€で入ることができる。
映画の舞台でも使われているだけあって、かなり雰囲気のある内装だ。
このシャンデリアのある広間も、ヴェルサイユ宮殿の鏡の間に全く劣っていない。
劇場内には天井には重さ7トンの巨大なシャンデリアが輝いている。
1896年にこのシャンデリアが観客席に落下し、死者が出たという事件は、「オペラ座の怪人」のワンシーンでも取り上げられている。
この大階段は素晴らしく、歩くだけで映画の世界に入ったかのように思える。
オペラガルニエの前の道はそこまで交通量は多くないようだ。
オペラ座には怪人が住んでいるという設定なのだが、まるで本当に住んでいそうな独特な雰囲気である。
オペラ座のすぐ近くのスタバは、内装もオペラ座を模したようになっている。
夕方から他のフランス人の友達と会う約束がある。
「サン・ミシェルの噴水」の前で集合し、街を案内してもらった。
世界的遺産の「ノートルダム大聖堂」には無料で入ることが出来る。
建物は12~14世紀に多く見られたゴシック様式で作られている。
※2019年4月15日の大規模な火災により現在は再建中
ノートルダム大聖堂をみたあと、また街をぶらりと歩き出した。
やってきたのは「59 Rivoli」という近代アートの美術館だ。
今までは中世の美術しか知らなかったが、近代アートもなかなか素晴らしい。
次に友達は「ルーブル美術館」へと案内してくれた。
明日行くつもりだったが、かなり混み合うようなので入口を下見する為に来たのだ。
目印である三角のピラミッドが入口となる。
友達とお別れして、教えてもらったクレープ屋へと向かった。
ヌテッラの入ったクレープ3.5€を買い、駅を探した。
家に帰ると、リナとアレクシがホームパーティーの用意をしてくれて、豪華なご馳走をもてなしてくれた。
明日は念願のルーブル美術館だ。
#42. 🇫🇷ヴェルサイユ宮殿
10/20
夜8時頃、パリのBercy駅に到着した。
大学の友達であるリナと、その彼氏アレクシがバス停の近くまで迎えに来てくれた。
二人と合流して、駅の近くにあるレストランに入る。
立派なフランス料理を二人にご馳走してもらい、アレクシの車でエッフェル塔へと向かった。
夜のエッフェル塔はライトアップされていて、1時間ごとにチカチカと光るらしい。
いまが23:57なのでもうすぐだ。
セーヌ川沿いを歩くシーンが印象的な映画「ミッドナイト イン パリ」を思い出す。
24時になると、エッフェル塔に付けられた無数のライトが一気に光り出した。
------------------------------------------------------------
10/21
パリにいる間は、リナとアレクシが住む家に泊まらせてもらうことになっている。
二人が住んでいるのは、パリから外れた「Pontoise(ポントイズ)」という街だ。
二人と一緒に朝からパン屋へ行き、クロワッサンとバゲットを買った。
フランスのパンは他とは比べ物にならないほど美味い。
近所にある水曜と土曜のみ開いている市場へと向かった。
そこでアレクシがパテを買い、自宅で食べさせてくれた。
朝食を済ませた後、「ヴェルサイユ宮殿」へ行くことを二人に告げると、近くで用事があるらしく、宮殿の前まで車で送ってくれた。
ヴェルサイユ宮殿はパリの中心地からは離れたところにある。
パリを嫌ったルイ14世が郊外に建設させたこの宮殿は、フランスの絶対王政の象徴となっていたらしい。
ここで暮らしていたマリーアントワネットとルイ16世の王政によって苦しんだ国民が後にフランス革命を起こすことになった。
ヴェルサイユ宮殿のチケットは青年価格で18€。
券売機で買うことが出来る。
早速宮殿の中へと入っていく。
当時は庶民が入ることは決して許されなかったであろう宮殿には、たったの2000円ちょっとで入ることが出来た。
時代の波は恐ろしい。
宮殿の中は、絵画などが展示された博物館になっている。
肖像画が多いのは、権力者の力の強さを象徴しているということである。
壁一面、そして天井にも絵画がある。
ここが有名な「鏡の間」と呼ばれる、無数のシャンデリアがある回廊だ。
幅10m、奥行75m、高さ13mの大宴会場である。
これは「ナポレオンの戴冠式」の絵画で、本物はルーブル美術館にあるらしい。
ナポレオンから皇后の冠をジョゼフィーヌが受ける様子が描かれている。
しかし、子どもがいないことを理由にナポレオンはジョゼフィーヌと離婚することになる。
ナポレオンの肖像画もある。
これもナポレオン。
こっちはジャンヌダルクだ。
彼女の壮絶な物語は非常に有名である。
16歳の農民の娘であったジャンヌダルクは軍を率いてイギリス軍を破るが、1431年に魔女として火あぶりの刑に処される。
しかし、彼女亡き後の1456年の訴訟によって無罪となり、1920年にローマカトリック教会によって聖女と認定された。
“I am the state.(朕は国家なり)”と言った「ルイ14世」。
1643年に5歳で即位し、その発言からも絶対王政の最盛期であったことがわかる。
派手好きだった彼の時代に貴族の生活様式が確立されたと言われており、コース料理の形式などもこの時代にできたらしい。
こちらは国王の寝室らしく、ベッドがカーテンに覆われている。
宮殿の裏側には庭園があり、その中には1400もの泉がある。
この庭園は、宮殿よりも作るのに手間がかかってそうだと言われるほど緻密に作られている。
敷地内は有料ということもあり、また次の機会に入ることにした。
ヴェルサイユ宮殿を出て昼食探しの旅に出る。
宮殿の近くには美味しい「ガレット」屋が沢山あるようだ。
「La Place」という店で、ベーコンとチェダーチーズのガレット5€を購入した。
フランスでは、惣菜系をガレットと言い、甘い方をクレープというようだ。
ヴェルサイユから電車に乗って、パリ市内へと向かった。
ちょうど夕日が綺麗な時間に到着した。
エッフェル塔は夕焼けの空に良い具合にシルエットを残している。
到着したのは「コンコルド広場」だ。
ここはパリの中心で、シャンゼリゼ通りとも繋がっている。
マリーアントワネットとルイ16世がギロチンによって処刑された場所でもある。
絶対王政の終わりと国民の自由を表している場所だ。
しばらくエッフェル塔の写真を撮った後、シャンゼリゼ通りを歩くことにした。
奥に突出して見えるのが「アンヴァリッド廃兵院」と言う、ナポレオンの墓だ。
シャンゼリゼ通りには、ルイヴィトンの本店もある。
人の多いシャンゼリゼ通りを歩いて、ようやく凱旋門にたどり着いた。
凱旋門は、アウステルリッツの勝利記念にナポレオン1世が建設を命じたと言われており、1836年に完成した。
こういった記念碑は、祖国の過去の栄光を想起させるナショナリズムのシンボルだと考えられている。
本日はここまで。